戸惑った面持ちでガラス張りの会議室に座っている男性。デザイナーの深澤直人だ。長い木製のコンファレンステーブルの周りには、彼自身がデザインした椅子が整然と並んでいる。今回、ハーマンミラーのアサリチェアの発表のため、シカゴに数日滞在することになった。彼の佇まいは静かでありながら、どこか人を惹きつける力がある。穏やかな微笑みを浮かべ、訪れた人々に感謝の言葉を述べる様子は、社交的なセールスマンのようだ。来客は椅子に座り、背もたれに体を預けて座り心地を確認したり、回転させてみたりしている。こうした集まりの場には定番の歌やダンスのパフォーマンスを、深澤は自然に─いや、実に楽しそうに、部屋全体に行き届くように披露する。そんな中、深澤はアサリチェアを抱きしめる仕草をした。これは、彼がアサリチェアに対する感情を説明するためによく使う表現である。「このチェアを見ると、思わず抱きしめたくなる」と深澤は話す。
深澤がアサリチェアの制作過程について語るとき、その言葉の端々にはこの椅子に対する情熱が溢れており、どこか物語の登場人物を思わせる。深澤はアサリチェアを人々に喜びをもたらす親しみやすい「生き物」として捉えている。それは、その名前の由来を考えれば自然なことかもしれない。「アサリ」は日本料理の旨味の基本となる出汁によく使われる食材であり、風味の本質と言うことができる。
ガブリエル・ガルシア=マルケスや村上春樹のような幻想的な物語を読んで、この椅子がある場面を想像したとしたら、それは深澤の狙い通りだ。彼は、人と椅子との遊び心のある関係を実感できる舞台を用意し、どんな場所でも人が椅子に合わせるのではなく、椅子が人に合わせるようにするための橋渡しをする。それは人、モノ、環境のシンプルな関係であり、深澤はただ快適な椅子を提供するためにここにいるのだ。
東京の自宅兼スタジオで行われた深澤との対談全文を紹介する。